謎のこらむ・その3


日本海軍の技術は世界一ィッ!!

九八式10cm高角砲

2001.07.20 初出
2001.08.11 修正
2003.11.03 修正

教えて教えて、どこが優秀なの?

秋月型駆逐艦や空母「大鳳」に採用された、あの細長い砲身が特徴の高角砲。
「長10cm高角砲」の通称で広く知られた「九八式10cm高角砲」が今回の駄文の主役です。

はっきり言って、これほど評価の高い砲も珍しいです。
どんな文献を取ってみてもまず高い評価を与えられています。
その誉めちぎり具合ったらもう、本砲をけなす不逞の輩は誅殺されてしまいかねない勢いです。
そんな具合ですから、どこがどう優秀なんだかわかんない人でも取り敢えず「優秀砲なのだっ!」とインプリンティングされているはずです(笑)
それだけに、恐れを知らぬ(笑)部外者や初心者にこんなことを訊かれ、返答に窮しちゃう時があったりするわけです。

九八式長10cm高角砲ってどこが優秀なの?

よくぞ聞いて下さいましたっ、それはですねぇ。。。
などと物知りなファンはきっと身を乗り出して説明して下さることでしょう。
しかし私のように「機械のことなんかよくわからんわーい!」と胸張ってその日その日を生き抜いている人にとって、こういった質問への回答は実に難しいものです。
というわけで、付け焼き刃程度に勉強してみました。
ものの本によるとこんなことが書いてあるぞ、ってなもんです。

まずは参考として、九八式10cm高角砲と、その前のスタンダードな高角砲である八九式12.7cm高角砲の要目を列挙してみます。

兵器名称 八九式12.7cm高角砲 九八式10cm高角砲
口径 12.7cm 10.0cm
砲身長 40cal 65cal
砲身重量 3060kg 3053kg
最大トウ圧 25kg/mm2 30kg/mm2
初速 720m/s 1000m/s
弾丸重量(炸薬) 23kg(1.778kg) 13kg(0.948kg)
装薬重量 4.000kg 5.750kg
弾薬包重量 34.320kg 27.150kg
弾薬包全長 970.8mm 1118mm
出典:海軍砲術史

とまぁ、ざっとこんな感じです。

ちなみに九八式10cm高角砲のことを知りたい時、どのような文献を当たればいいのでしょうか。
九八式10cm高角砲の記述は数々ありますが、そういった記事にしばしば引用される文献はやはり水交会編「海軍砲術史」と遠藤昭著「高角砲と防空艦」に絞られます。
「海軍砲術史」は海軍の砲術関係者の手によるもので、海軍砲術関係の決定版と言われている文献です。
遠藤昭著「高角砲と防空艦」は原書房から出版されていた本で、高角砲の発達と秋月型駆逐艦についてかなり詳細に記述した本です。
残念ながら両者ともに絶版になって久しく、一般に入手は困難です。
特に後者については私も1冊欲しいのですが、再版しませんかねぇ。
現在入手容易という面では、一般書店でも置いてあって1500円前後のレンジという条件で、光人社の「ハンディ版・日本海軍艦艇写真集」とか学研の「歴史群像・秋月型駆逐艦」などが出ていますので、こちらが宜しいかと思います。


ほぉら見てごらん、優秀だろう!

さて、九八式10cm高角砲のどこが優秀か、という点ですが。。。

「海軍砲術史」では、意外にも優秀だ優秀だと書いている箇所はありません。
各砲について淡々と短く解説しているだけです。
一方、「高角砲と防空艦」を始めとする他の多くの市販書籍では、大体この砲を優秀だと誉め上げています。
更にその最後に必ずと言ってよいほどつくのが、
「本砲を超える性能の高角砲は1953年の米軍の75口径砲まで出現しなかった」
という文句です。
「専門家による意見」というのですが、誰の言かまでかはっきりは調べがつきませんでした。なんとなく想像はついたのですが。。。

それはともかく、この辺りを探れば本砲が優秀と言われる所以が判るはずです。
米軍の艦砲と比較しているということは、それと九八式を比較している箇所が「専門家」が着目している要目だ、ということです。
さて、どこでしょう。

九八式10cm高角砲の修辞句、それは「長砲身」「高初速」であることは今更繰り返す必要すらありません。
その他の注目点としては、福井静夫著「日本駆逐艦物語」によれば、「発射速度」もキーワードになっています。
・「長砲身」
・「高初速」
・「発射速度」
外国の高角砲と比較している記事でそれ以外の利点というのは発見できませんでした。
実際大戦当時の米海軍が持っていた5インチMk12と比べてみましょう。
Mk12の要目はこんな感じです。

兵器名称 八九式12.7cm高角砲 九八式10cm高角砲 5インチMk12砲
口径 12.7cm 10.0cm 12.7cm
砲身長 40cal 65cal 38cal
初速 720m/s 1000m/s 792m/s
出典:海軍砲術史/アメリカ駆逐艦史

八九式12.7cm砲と5インチMk12砲は似通った性能ですが、九八式10cm砲の高い数値がよくわかりますね。
また簡単に比較できる数値が挙げられないのですが、弾道特性の問題があります。
長砲身砲の方が弾道特性が良く、弾丸が真っ直ぐ飛ぶと言われています。
弾道学など修めていないのでちゃんと説明できないのですが、一般論としてこう言われています。
65口径と38口径でどちらが弾道特性がいいかは、まぁ言わずもがななのでしょう。

発射速度の件は、砲身だけでなく砲のシステムとして見なければいけません。
八九式12.7cm砲を採用した砲架が数パターンあるのと同様に、5インチMk12を採用する砲架はいくつか存在します。
厄介なことに、日本の高角砲は砲架が変わっても発射速度は変わらないのですが、Mk12の場合砲架が変わると発射速度がかなり変わって来ます。
カタログ上の数字では、八九式(A1型/B2型)、九八式(各型共通)の発射速度はそれぞれ毎分14発、19発となっています。
一方Mk12を採用する砲架では、Mk24の毎分15発からMk38の毎分22発までの範囲があります。
最大で九八式より3発ほど多いということになりますが、これをして九八式の発射速度が不足だの何だのという話は聞いたことがないので、実質大した差ではないということでしょう。

同等の発射速度で、初速が速く、弾道特性も良い。

このように性能面から見る限り、確かに九八式10cm高角砲は優秀砲であると言えます。


評価見直し!!

こう言われるだけで顔がひきつっちゃう社会人の方もいらっしゃるでしょうが、大丈夫です、世の中何とかなるもんです。
おっと話題が違いましたね(笑)
最近、「九八式10cm高角砲は大して優秀じゃないんじゃ?」と疑問を持たれる方がいらっしゃいます。
その論のいくつかは、「大して撃墜数を稼げなかったじゃないか」という点に端を発するようです。
実は全くその通りなので、じゃあここで本稿を終わります。

。。。さすがにそれでは無責任も甚だしいので、ほんのちょっとだけ考えてみましょう(笑)

物事の分別がつく方は、この両者の意見が本質的に全く噛み合わないことにお気づきでしょう。
今まで言われていた優秀砲であるとする評価は、砲単体の技術上の評価です。
ここに実際の戦果という尺度を持ち込むこと自体、土俵が違うとしか言えません。
実際、日本海軍の防空システムの欠陥は指摘されて久しいですし、レーダー照準装置の欠如についても耳にタコ状態です。
しかしこれらの批判は、九八式10cm高角砲の優秀性を認めた上で、別の問題として指摘されています。
技術的優秀性と脆弱なシステムというパラドックスは、艦隊防空について真面目に取り上げている記事を読んで頂ければ理解できると思います。
また照準装置の構造などについては、「海軍砲術史」を始め色々な本で取り上げられているので別途参照して下さい。
ここで艦隊防空のあり方とか照準装置とかについて解説を始めると、ただでさえ長い文章が更に長くなるので避けます。
「世界の艦船」などのバックナンバーを気長に漁る努力は必要ですが、漁るだけの価値はあります。


九八式10cm高角砲の出自

閑話休題。

このように九八式10cm高角砲は、同時代の類似の砲と比較して大変優れた砲であることは否定できないでしょう。
この数字はカタログ値ですが、部隊でもこの点で文句がつけられた形跡もなく、ほぼ満足すべき実績が上がっていたものと推定できます。
しかしながら巷間では、「口径が10cmでは小さ過ぎる、12.7cmでなければならない」という意見も時折見られます。
事実本砲は口径では八九式の12.7cmから10cmへと後退しています。
確かに不思議に思えます。
これはどのような理由からなのでしょうか。
こういう時は開発経緯をたどってみるに限ります。
恐らくそこに先の疑問を解く鍵があるはずです。
さぁ、文献を当たってみましょう。

「海軍砲術史」には、本砲の開発史については触れられていません。
ですが「高角砲と防空艦」には詳しく書かれています。
問題は同書が絶版で、気軽に「参考にして下さい」と言えない点なのですが、しかしご安心下さい。
有り難いことに九八式10cm高角砲については、学研の歴史群像「秋月型駆逐艦」に「高角砲と防空艦」の半分くらいの内容が掲載されているのです。
「秋月型駆逐艦」の記事も同じ遠藤昭氏によるものなので、当然と言えば当然ですね。
ですからこと九八式に関する限り、「高角砲と防空艦」はそれほど必要ではありません。
どうしても読みたい方は、図書館で探すか持っている人に貸してもらうか、あるいは原書房に復刊して下さいと手紙を書きましょう(笑)

開発経緯について何としても詳しく知りたい。
そういう奇特な方には最後の手段が残されています。
遠藤昭氏が参考にした(と思われる)文献を当たるという手があります。
私はどうしても「高角砲と防空艦」が入手できなかったので、これで代用しています。
それは、謎のこらむ1で登場願っている斉尾海軍技術中将の残したメモ、例の「斉尾資料」です。
。。。つーか、「高角砲と防空艦」にはこの名前は書いてなかったんですけどね(^^;
この資料には「高初速高角砲ノ必要ト70/10糎高角砲ノ概要」というタイトルの論文が書き残されています。
日付は昭和10年12月、署名は「磯中佐」となっています。
この方、多分、造兵部の将校さんなんでしょう。
論文は3章から成っており、それぞれの章のタイトルはこのようになっています。

1.高角砲ノ口径
2.高初速ノ必要
3.70/10糎高角砲ノ計画概要

折角ですから、次章ではこの論文の内容を簡単に紹介していきましょう。


これがッ、70口径10cm高角砲だッ!

第1章では、高角砲と平射砲における必要事項の違いについて簡易に説明しています。

10cm砲と12.7cm砲を比較した場合、一発の威力の大きさの比較は「10の3乗:12.7の3乗」で表されるので、「1:2.05」である。
然るに、高角砲は命中率を要求するものであるから危害半径を比較すべきである。
危害半径は口径比と同一であるから即ち「1:1.27」である。
従って口径の優位は、一発の破壊力を求める平射砲に比べて極めて低く、現代(開発当時)のように高角砲の命中率不良で炸裂点と航空機との距離が極めて離れている時代にあっては、(大口径化による)危害半径の小増加は大きな問題ではないのである。


第2章では、高初速の必要性について説いています。

平射砲における高初速の要求は、射程増大、存速の大に起因し、その程度は割合に低い。
しかし高角砲の場合は、飛行時間の減少、つまり命中率の増大及び敵機墜落時期の遅速に起因するので、その割合は非常に高い。
つまり、航空機は速度も操縦性も良く測的誤差が水上射撃に比べて大きいので、命中率を上げるためには飛行時間を少なくして変針・増減速を行なっても、敵機付近に炸裂させることが絶対に必要である。
更に敵機墜落時期の遅速は軽々しく看過すべき問題ではない。
例えば(弾丸の)飛行時間8秒及び5秒のものを同時に放って撃墜したとしても、3秒の遅速は秒速150メートルの飛行機に対して450メートルの近接を許すわけであって、それだけ爆弾投下の機会を多く与えることになるのである。
だから初速の増大を必要とするのである。


第3章。
第3章の1、これはサブタイトルからして笑えます。
サブタイトルはこうです。

「可能ナリヤ」

いつの世も「そんなことできないじゃん」というすぐに反対する人がいるんでしょうねぇ。
磯中佐はそれに対する反論を予め準備していました。
彼の用意した回答は、

次記ノモノアリ 可能ト認ム
(イ)ドイツ軍ニ75口径8.8cm砲アリ
(ロ)60口径15.5cm砲ノ成績ハ良好ナリ

ああ、どこかの掲示板を彷彿とさせるようなやりとりです(笑)
現にドイツ軍の75口径8.8cm砲と我が海軍の60口径15.5cm砲があるし、後者は運用成績も良好だぞと言い張っているわけですね。
どこか微笑ましいですね(笑)
掲示板との決定的な違いは、回答を寄せている磯中佐が「本職」である点です。
その後に続く章が、彼が技術者であることを物語ってくれています。
第3章の2「薬室」、3「トウ圧」、4「弾重」、5「初速」、6「弾薬包重量」、7「飛行時」と言った章が並んでおり、それぞれこの位の数値にすれば大丈夫だということが書いてあるのです。
さすが帝国海軍の技術者です。
一介の文系ファンによる回答とはわけが違うわけです(笑)
さぁどーです、反論できないでしょう!(笑)
なお、本章の以下に掲げる表のうち特に出典を明記していないものは、斉尾資料の同論文より引用しています。


第3章の2「薬室」の項では、既存の50口径10cm高角砲の薬室を口径を変えずに長さだけ変えることを提案しています。

50口径10cm高角砲の薬室中央部の直径は1.356口径、長さは6.25口径である。
これを、実験に成功していた55口径高初速14cm砲と同じ7.5口径の長さにすれば、薬室容積が1.8リットル増加し8リットルを10リットルにすることが出来る。

この50口径10cm高角砲は、恐らく50口径八八式10cm高角砲のことだと思います。
50口径八八式10cm高角砲は、海大型潜水艦用の莢砲です。
また55口径14cm砲は、恐らく55口径三年式14cm砲のことだと思います。
この砲は試験砲らしいです。形式は嚢砲です。
両者の能力はこんな感じです。

呼称 55口径三年式14糎砲 50口径八八式10糎高角砲 九八式10糎高角砲
トウ面直径(mm) 140 100 100
尾栓式 三年 八八 九八
薬室容積(立) 25 8.11 10.5
出典:海軍艦政本部「昭和十九年十二月 砲身型別一覧表(改正)」

55口径三年式14糎砲にはI型とI2型とがあり、表中はI型
九八式10糎高角砲にもI型とI2型とがあるが、要目は同じ

それと「薬室中央部の直径」というところは、薬室が単なる円柱型ではないため、このような書き方になっています。
嚢砲の薬室はガス整流などの関係から、通常前後が円錐形になっています。
莢砲の場合は薬莢を抜き易くするために尾栓側を底にした円錐形になっています。横から見ると台形。
一般に、薬室長を長くすると火薬ガスの流れが整うという特典が得られます。
。。。私もよく理解してないです(爆)


第3章の3「トウ圧」の項では、新高角砲にとって適当なトウ圧について考察しています。

50口径10cm高角砲と45口径12cm高角砲も共にトウ圧28kg/平方ミリメートルである。
しかし50口径10cm高角砲では強装の場合34kg/平方ミリメートルだが薬莢には何の異常もない。
従って(本砲=70口径10cm高角砲の場合は)常装で30kg/平方ミリメートルと仮定する。

トウ圧を高くすると初速を速くすることができます。
しかし高くし過ぎると、砲身や弾体その他の強度が圧力に負けてしまい、事故につながりかねません。
良好な初速と安全の両方を得なくてはならないのです。
ちなみに海軍では安全なトウ圧の目安がありました。
嚢砲と莢砲とで異なります。

嚢砲:約28kg/mm2〜約32kg/mm2
莢砲:約24kg/mm2〜約28kg/mm2

ですから、莢砲で常装30kg/平方ミリメートルという値がかなり高いということがお分かり頂けるでしょう。

呼称 55口径三年式14糎砲 50口径八八式10糎高角砲 九八式10糎高角砲
常装最大トウ圧(kg/mm2) 33.40 26.66 -
強装最大トウ圧(kg/mm2) データなし 31.43 -
弱装最大トウ圧(kg/mm2) データなし 16.57 -
出典:山田太郎編「呉海軍工廠造兵部史料集成(下巻)」

データは実測値
データ採取時点では九八式10cm高角砲はまだ計画以前の段階のため、データなし

ちなみにこの表の値は実測値です。
「斉尾資料」には「50口径10cm高角砲では強装の場合34kg/平方ミリメートル」とありますが、これは内令によって決められていた最大トウ圧の値だということです。
当時各砲はいちいち内令によって最大トウ圧が明確に示されていたようです。


第3章の4「弾重」の項では、70口径10cm高角砲に適当な弾重、つまり弾丸の重量を考察しています。
「弾量」と呼ぶ場合もありますが、磯中佐の字が潰れちゃってまして。。。「弾重」と書いてあるように見えるんですが、今ひとつ自信がありません(笑)

以下は砲10cm高角砲弾重13kg初速1000mを得られるものとし、その砲口勢力を変更しないで弾重及び初速を段々に変え、距離7000mまでの飛行時間と弾重との関係を調べ、表にまとめた。
この表を見ると、弾重13kgの時に飛行時間が最小値に極めて近いので、弾重は13kgと仮定する。

弾重(kg) 10 11 12 12.4 13 14
初速(m) 1140 1087 1041 1024 1000 964
飛行時(sec) 11.53 11.42 11.38 11.375 11.38 11.42

本砲の設計で重視している性能は、既に述べたように目標までの到達時間の短縮です。
ここでは一定条件下において弾重を変えた場合の7000メートルまでの到達時間の表を掲げ、どの重さの弾丸が最も有利かという点を見出そうと試みているわけです。


第3章の5「初速」の項では、第3章の3、4で仮定した「トウ圧」と「弾重」のデータを用いて、初速1000m/sを満たす薬室容積と薬量とを算出しています。

今までの仮定により、初速1000m/s以上の初速を得るためには以下のような条件が考えられるわけである。

弾薬容積 薬型薬種 薬量 初速
砲口×× 内10cal××
10立 30番DC 5.395kg 1034m/s 1029m/s
11立 34番DC 5.850kg 1054m/s 1048m/s
筆者註)
DC:一三式火薬。無煙火薬の一種

上表のうち、「××」とある部分は判読不能でした。
磯中佐っ、もっときれいな字で書いて下さい!!(泣) って、これは斉尾中将が書き写したものか。。。斉尾中将〜ぅ(大泣)
一文字目は「焼」って見えるんですが。。。
砲熕技術用語もあまりよく知らないので推定もできなくて。
もし知っている方、もしくは想像がつく方がいらっしゃいましたらご一報下さい。


第3章の6「弾薬包重量」の項では、導き出された70口径10cm高角砲の弾薬包の重さを、他の既存砲の数値と比較しています。

砲種 薬莢 薬量 薬嚢 弾量 弾薬包
50/10 6.300 4.130 0.043 13.000 23.473
70/10 6.800 6.000 0.070 13.000 25.870
40/12.7 7.250 4.000 0.070 23.000 34.320
単位:kg

磯中佐はこの表の後に、この1文を付け加えています。

即ち、現12.7cm高角砲に比べ約9kg減るので、発射速度を増加する。

ちなみに「弾薬包」というのは、弾+薬莢のことです。
ですから「弾薬包重量」というのは、弾+薬莢の全体の重さのことです。
莢砲の場合は装填手が担ぐ重さを表すわけですね。
この表を見れば一目瞭然ですが、八九式12.7cm高角砲に比べ、70口径10cm高角砲の予想弾薬包重量は9kg近く軽くなっています。
この重量軽減は砲員の疲労を減らし、発射速度の向上及び維持に好影響を与えるであろうことがよくわかります。

またこの表はよく遠藤昭氏の記事に引用されています。
歴史群像「秋月型駆逐艦」の123ページにある「弾薬包重量比較」と題する表は、「高角砲と防空艦」45ページに掲載されている表と同じで、ひいては本表と同じものです。


いよいよ最後です。
第3章の7「飛行時」の項では、各高角砲の距離毎の飛行時間(到達時間)を表にまとめています。
但し、これはあくまで推定であるようで、磯中佐の論文にはきちんと断りを入れてあります。

高角射撃では適当な飛行時の略算式がなく、推定が困難である。
仮に、50口径10センチ弱装の飛行時の初速を基目として点記し、その曲線を延長して初速1000m/sの飛行時の概略を求めると以下の表のようになるであろう。

ここでは表は引用しませんが、高度4000mへの射撃については、70口径10cm高角砲の飛行時間は、八九式12.7cm高角砲のそれに比べ、著しく短縮されると予想されていることが見て取れます。
ここに最も大きな期待があったわけですね。


とまぁ、「斉尾資料」の論文はざっとこんな感じになります。
10cmという口径が、「初速と口径のどちらを取った方が高角砲にとって有利なのか」という点をよく吟味していたことがよくわかる資料です。

但し一点だけ。。。
斉尾資料には、この70口径砲が後の九八式10cm高角砲の原型であるということは、どこにも書かれていないんですよね。。。(^^;;
状況的にこの説でいいのだとは思うのですが、一抹の不安は隠せません(笑)


九八式10cm高角砲の存在意義

ところで、「斉尾資料」と「高角砲と防空艦」とを読み比べていくと、「おや?」と感じる箇所がありました。
「高角砲と防空艦」45ページにある「70口径10cm砲を採用する」というところです。

「・・・危害半径は1:1.27に過ぎない。それで発射速度の増大達成のため、10cm砲を採用する」

この文では、「増大達成のため」と、この目的に対して相当に積極的な価値を見出そうとしています。
しかし本当にこれが目的で10cm砲を採用したのでしょうか?
個人的にはこの点、非常に疑問に思います。

高角砲というのは、とにかく無駄弾を撃つのが仕事のようなものです。
ですから高角砲に求められる能力は、大仰角(当たり前だけど)の次に発射速度です。
海軍の場合、八九式12.7cm高角砲を完成させた時点で、発射速度についてはほぼ満足の域に達していた模様です。
なぜなら、「斉尾資料」では発射速度の向上は何ら提案されていないからです。
「斉尾資料」の第1章に次のような一文が挿入されているに過ぎません。

「対空射撃ニ於テハ、ナルベク多数弾丸ヲ広範囲ニバラマキ命中率ヲ向上セントス」

遠藤氏はの記述は、この部分を表現したものだと思われます。
しかし「斉尾資料」のこの箇所は本砲の目的ではなく、対空射撃一般の認識を改めて示しただけではないでしょうか。
海軍の会議では、恐らく全員が当然の如くこの認識を共通して持っていたと思われます。
つまり、高角砲にとってのお約束である、ということでしょう。


「発射速度を上げる必要があるからこそ口径を小さくしたのではないか?」
出来上がった製品、即ち九八式10cm高角砲の要目から見れば、確かにこの理屈も正しいように思えます。
しかし発射速度増大が主たる目的であれば、当然ながら「斉尾資料」の第3章中に発射弾数の具体的な数量についての言及があってしかるべきです。
ところがそんな数値はどこにもありません。
わずかに弾薬包重量の項において

「約9kg減るので、発射速度を増加する」

という意味の記述があるのみです。
この書き方は、「結果的に速くなるよ」といった流れであり、主要な利益ではなく副次的な利益としか捉えようがないのです。

発射速度は大事です。
ですから、ひょっとしたら設計書の要求仕様の第2位くらいには、「既存砲と同等以上の発射速度を備えること」といった項目があったかも知れません。
しかし主たる開発目的として大々的に掲げるには、インパクトが不足しています。
審査員の心をこうググッと鷲掴みにするようなそれ以上の付加価値がなければ、若干の発射速度の向上の為の新型砲の開発など黙殺されてもおかしくはないです。
ただでさえ開発予算がないんですから(笑)


「斉尾資料」で明らかにされてる本砲の開発目的は違います。
「弾丸の目標までの到達時間を短縮するために高初速が必要である」
これこそが本砲の開発目的の最優先項目です。
では、何のために「弾丸の目標までの到達時間を短縮する」必要があったのでしょう。
それは自艦からより遠距離で的に命中弾を期待するために他なりません。
投射弾量の増大は目的ではないのです。

ではなぜ10cm砲なのでしょうか。
高初速を狙うには、同一口径における比較では弾薬包重量の増加は避け得ません。
全自動装填砲ではなく人力が介在する箇所がある以上、口径を大きくして弾薬包重量を重くしてしまっては、当然ながら発射速度が落ちてしまいます。
発射速度の向上を特に強くは望んでいなくとも、その低下は容認できることではないでしょう。
発射速度を低下させないためにはどうしたらいいのでしょうか。
弾薬包重量を軽くすればいいですね。
でも口径を維持しては発射速度が落ちますから、口径を小さくして弾薬包重量を軽くする方向に向かうわけです。
「発射速度低下を防止するために小口径化した」
トウ面直径10cmの採用は、このような消極的な理由であったに違いありません。
だからこそ磯中佐は論文の第1章において、危害半径と威力の対比というような言い訳じみた事柄を述べているのではないでしょうか。

また高角砲そのものの重量面での問題もあります。
同一口径で長砲身砲を製造すると、当然重量がかさみます。砲身を支える機構も強化が必要でシステム全体としては更に重くなります。
事実、後に製造された長砲身12.7cm高角砲である五式12.7cm高角砲の重量はかなり重く、八九式の代替として艦載するには問題がありました。
高角砲としてほぼ同一の重量に抑え、なおかつ所期の目的であるところの高初速を得るためには、口径を減ずるほかなかったとも言えるでしょう。
恐らく発射速度よりもこちらの方が問題ではなかったかと思います。


ご贔屓の理由と贔屓の引き倒し事例

あ、さて。
最後に九八式10cm高角砲の説明の中で、ちょっと気になっている点を2つほど取り上げます。
一つは「トウ圧」、もう一つは「命数」です。

まずトウ圧について。
トウ圧については既に解説してしまっていますが、本砲は日本海軍の艦砲の中でもトウ圧が高い砲です。
これだけのトウ圧の常用に耐える砲身を量産し得たということは、ひょっとしたら日本海軍や砲身製造会社の技術陣にとっては極めて大きな自負だったのかも知れません。
実際に使ってみても、トウ発を起したという例は聞いたことがありません。
万が一あったとしても、極めて少数例だったと思われます。
ですからこの辺が「本砲は優秀砲である」という主張の一因をなしているのではないかと感じています。


命数、これは砲身の寿命のことです。
砲弾を発射する度に砲身は摩耗していくのですが、放っておけば命中率が下がることはもちろん、下手をすると大事故を招きかねません。
こんなことから砲身の寿命は事細かに規定され、監視されていました。

本砲が高初速を得た代わりに砲身の命数が極端に短くなってしまった、ということがよく言われます。
具体的には、本砲の命数は350とされており、八九式12.7cm高角砲の命数1000発に比べてもその短さが際立っています。
この問題の解決のために本砲は艦内工作によって内筒交換を可能にしている、という話もよく聞きます。
皆さんの中でもこの話を聞いたことのある人は多いのではないでしょうか。
この点も他の砲にはない特徴とされ、九八式10cm高角砲の技術の勝利の一つとして掲げられています。

私も最初この説を信じていましたので、具体的な交換方法を知ろうと、秋月型に関するいろんな戦記や技術士官の回想などを探し回っていたのですが、結局のところ艦内工作による内筒交換事例は発見できませんでした。
また「秋月」型の公試要目簿も眺めてみましたが、備品の中にはどこをどう探してみても「九八式10cm砲砲身」なる在庫が見当たりません。
他にも「涼月」損傷復旧時の交付物件一覧も見てみたのですが、砲術科備品の中には高角砲そのものの記述はあっても砲身の記述はやはりありませんでした。
ここまで何の痕跡もないと、さすがに「あれ〜?」とか思いますよねぇ。
艦内工作での内筒交換は本当に可能なのか、ひょっとしたら不可能だったんではないかと思い始めるに至って、再度手持ち資料の点検を行なったところ。。。

。。。ありました。
灯台下暗しで、「海軍砲術史」には「(艦内工作による内筒交換を)技術的問題で断念した」とあったのです。
やー、はっきり言ってがくーっと来たと同時に、やっぱりそうかという感じを持ちました。
というわけで、「本砲は艦内工作での内筒交換はできない」というのが私なりの結論です。
実際には各地の工作部や、ひょっとしたら「明石」やその他特設工作船などの力を頼っていたのかも知れません。
工作艦で内筒交換や砲身自体の交換が可能かどうかは知りませんけども。
とにもかくにも、出所不明の通説ってのは恐いですねぇ。


とは言っても、そもそも要目簿に記載されるべき事項でない可能性もあります。機銃の交換用砲身も載ってた記憶ないですし。
実包数や三八/九九小銃の数などの記述はあるのですが、交換用の部品などはもともと書かないのかも知れません。
もっとも海軍砲術史に「できない」と明記されているので、そんなことは結論に関係ないのですが。
というわけで、「要目簿云々」は私が疑問に思ったきっかけとして書いたに過ぎません。
「艦上で砲身交換できなかった」根拠として妥当かどうかは一切関知しません(笑)
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長い

長いと言っても、砲身のことではありません。
長々と駄文を書き連ねてきましたが、読み手の皆さんもそろそろ我慢の限界でしょう(笑)
私も力尽きてしまいましたので、もうお開きにすることにします。
照準装置との連動や装填方法、信管調定方法、俯仰角とか旋回などの重要な問題を置き去りにしているような気もしますが、これらに関してはまた詳しい本がありますし、詳しい人もいらっしゃるでしょうから、そちらを宛にして下さい(汗)
例の「本砲は構造が複雑で量産が効かなかった」という伝説もありますね。
本砲は調べてみるとまだまだ面白いことが出てきそうです。

本稿について言い訳を一つ。
私は鉄砲については全くの無知に近いので、果たして文献の理解の仕方が正しいかどうか全く自信がありません。
特にトウ圧とか薬室容積とかってもーさっぱりなんで。
だからここに書いてあることを鵜呑みにしないで下さいね(笑)


締めにお手を拝借。

日本海軍の技術は世界一ィッ!(笑)

もっとキレイにまとめろって。>私


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